D連句 「白猿」の巻
「D連句」は、須藤岳史が原案、冬泉がネット上で捌く新形式である。
『白猿』の巻の発句<白猿(ハヌマン)の半跏思惟せる木蔭かな>。続く脇句は2句用意されていて、どちらを付けるかは読者が選択する。<白猿の半跏思惟せる木蔭かな/島に便りを遣る 夏霞>でもいいし、<白猿の半跏思惟せる木蔭かな/やよ雲海のなぎさ発つ鳥>でもいい。5句目までは常に2句づつの分岐があり、6句目から減少してひとつの挙句にたどり着く。また、D連句は四連環形式を採用している。挙句が次の巻の発句になり、四巻目の挙句が一巻目の発句になる。発句の季は順を追って変わるそうだ。留書にはD連句のDは、シューティングゲーム「DARIUS」から名付けられたとある。1987年に稼働したアーケードゲームだ。
<各ステージの最後には水棲生物をモチーフとしたボス(巨大戦艦)が待ち構えており、ボスを倒すと1ステージクリア。やがて現れる上下への分岐路で次ステージを選択する。全26ステージのうち7ゾーンをクリアするとエンディングとなる。>(Wikipedia「ダライアス」から引用)
分岐と選択という点で、レーモン・クノー『百兆の詩篇』(水声社)が上げられる。14行の詩(ソネット)を読者が1行ずつ切り離し、並べ替えることで10の14乗=100兆通りの詩をつくることができる実験文学である。連句もまた複数の詩(付け句)が存在し、枝分かれの構造がとられる。決定権は捌きに委ねられるが、D物語の枝を選択するのは読者だ。これは作者しか持つことのできない創作という聖域に、読者を少しだけ加える手段なのではないだろうか。「DARIUS」『百兆の詩篇』そして「D連句」の全36句60の分岐と選択は、これまでの新形式にはなかった作者と読者を結ぶ要素なのである。(高松霞)
D連句『白猿』の巻
連衆 小津夜景、冬泉(捌き)、羊我堂、須藤岳史、森尾みづな、漆拾晶、綉綉、堀田季何、岡本胃齋、佐藤弓生
①白猿(ハヌマン)の半跏思惟せる木蔭かな 夜景
②島に便りを遣る夏霞
冬泉
③やよ雲海のなぎさ発つ鳥
羊我堂
④まなうらで蟹のカノンを五線譜に
岳史
⑤背景と刑具を略す涼しさに
みづな
⑥墨界をたためば暗しこの部屋も
拾晶
⑦タクトにからむ納豆の糸
綉綉
⑧オーガンジーのパニエよそほひ
季何
⑨すらすらと解く複素解析
夜景
⑩をとこをみなをうつす紺青
胃齋
⑪はらいそを求めてやまぬ凧の群れ
羊我堂
⑫人形と舞ひし人から繭籠り
拾晶
⑬月の客しぐれたまごの卓囲み
みづな
⑭セクハラに強い弁護士さん求む
岳史
⑮爆裂弾かばんに秘めて北帰行
冬泉
⑯観音に引く春の新色
胃齋
⑰燕ふためく駅の構内
夜景
⑱ノスタルジーをエモで上書き
岳史
⑲スイートピーが動かぬ証拠
羊我堂
⑳あつはと勝訴、ぷふいと辞任
綉綉
㉑かの八十年代(エイティ)の窓外の虚無
胃齋
㉒最終に乗れずたたずむ赤ヒール
綉綉
㉓ここ過ぎて電車は薄き街に入る
拾晶
㉔クレヨンの溶けて鬼哭の天陰り
夜景
㉕脚韻を踏んでつゆけき久木田真紀
みづな
㉖当方はギター、ベースと太鼓持ち
岳史
㉗星はキャンベルスープに吹雪く
羊我堂
㉘蛆たかれころろく日本国
冬泉
㉙廊下の奥でアブサンあふり
胃齋
㉚オモチヤにされてノイズメーカー
冬泉
㉛金継のπ(パイ)に見ゆれば割り直す
季何
㉜ありあまるかたち言祝ぐ花の宴
岳史
㉝みどりごにもとより爪の生えそろひ
弓生
㉞鏡の底につづく翼痕
拾晶
㉟旅寝の午后に羊刈る夢
季何
㊱あらましは韓江(한강)に吹く白き風
綉綉
2021年3月10日~4月2日