【猫蓑会】 歌仙「冬夕焼」の巻
歌仙「冬夕焼」の巻
衆議判
かつてこのやうな恋あり冬夕焼
了斎
慕情凍てつく文箱の底
聰
除雪車の角曲がりゆく音消えて
斎
絡繰時計喇叭吹き出す
聰
月からの金糸銀糸に指からめ
斎
和紙に切り抜く芙蓉一輪
聰
良き友が花野の細き径を来る
斎
大吟醸の瓶をぶら下げ
聰
唐突に語る異国の飯のこと
斎
タカジアスターゼ今に欠かせず
聰
謎めいてゐる洋館の深き窓
斎
水晶玉を撫でる細指
聰
くながひは酒酔星を祀りつつ
斎
羞ひの汗零す半月
聰
猫の戸を潜り黒猫歩み去る
斎
鼻毛抜いては眠る駐在
聰
散る花になつて旅する夢の中
斎
田螺さながら進むSL
聰
蜃気楼立つと告げつつ広報車
仝
ヨナ抜き音階鼻歌にあり
斎
希臘語をすらすらと読む孫娘
聰
狐と鶴のやうにやりあふ
斎
嫌ひよが実は好きよと分かりかけ
聰
点けた灯をまた消して褥へ
斎
駅前にによきと立ちたる丸いビル
聰
くねくねくねとスケボーの子等
斎
円周率は三と答ふるおほらかさ
聰
とにかく長く伸びる自然薯
斎
月代を右往左往のはぐれ雁
聰
秋の遍路が独り逆打ち
斎
クラインの壺辿る如生きて来し
聰
耳に当てたる巻貝の殻
斎
竪琴の調べかそけく流れゐて
聰
糸繰車回るひねもす
斎
産土の杜に集ひて花筵
聰
聞いた聞かない亀の鳴く声
執筆
連衆 鈴木了斎 杉本 聰
令和四年一月二十九日起首 二月十四日満尾
於 文音